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スポーツ
東京事変

試聴 ALBUM - 2010年02月24日

Tokyo Jihen – Sports

『スポーツ』は、2010年2月24日にEMIミュージック・ジャパンより発売された日本のバンド・東京事変の4枚目のスタジオ・アルバム。初回生産分のみ、金メダルエンボススリーブ・ケース仕様。

「スポーツ」ライナーノーツ
東京事変のCDに耳を傾けていると、いつもライヴ演奏を聴いているような気持ちになる。形としてはこの上なく丹念に練られているにも関わらず、“今、ここ”のエネルギーの絶対量が保たれているからだ。
4thアルバム「スポーツ」は、現在の東京事変の全エネルギーが封入された1枚だ。
これまでよりも根源的に強く、熱く、深い。シングルとしては初のチャート1位を獲得した「能動的三分間」で鮮やかに示した、あの肉感的な――肉体と魂を覚醒させる――世界が、アルバム1枚分、それ以上の強度と物語をもって流れ出し、この身をあっというまに飲みこんでいく。耳から入り込んだ音は、胸を伝って、肚に落ちる。そこから彩光が満ちて行く。まるで体全部が楽器のように鳴りはじめる。
音楽を聴く至福。それは言葉に変換するにはあまりにも不可思議で。だから、最後はこうして、自分の肉体に聞いてみるしかないのだと思い知る。

「生きる上で肉体的であることは、私にとって大切なことです。音楽においてももちろんそう。ソロデビューの頃から、歌の巧い人や巧く歌おうとする人はたくさんいるし、私は巧く歌おうとしないでいようと考えていたり……。東京事変ももともと肉体的なバンドだと思います。アレンジも演奏も現場でどんどん変わっていく。この5人が集まるとそういう部分が前面に出て、“聴き終らないうちに言い合う”みたいな速度で進んでいきますから、ものすごく消耗しますけど、面白い。だから、「スポーツ」というアルバムはいずれいちばんいい時に出したいと思っていました」(椎名林檎)

 本作にはタイトル通り“スポーツ”をテーマに伊澤と浮雲、そして前作では作詞とボーカルに徹していた椎名が曲を寄せ、さらには亀田作の「閃光少女」もCD初収録されているが、いつも以上にメンバー全員の手で直に曲を触って揉みこんだ。その結果、デモの段階では、想像もつかなかった劇的な化学反応がいくつも生まれたという。
聖歌のように敬虔なコーラスから予想外の展開に魂を突かれる「生きる」、突き抜けた躍動感がなぜかせつなさを際立たせるポップナンバー「シーズンサヨナラ」、官能的で端正なブラックマナーの「スイートスポット」など、東京事変が鳴らす「スポーツ」はジャンルも色合いも多種多様だ。
「スポーツだからといって、ずっと全速力で走っても面白くないので。そこはそれぞれが広く感覚的に、スポーツを捕らえていたんじゃないかと思います」(伊澤一葉) それは、演奏や歌唱、そして歌詞においても同じこと。もともと豊かな表現力とずば抜けたテクニックをもつメンバーだが、本作ではさらに自由度を増して、緻密にも関わらず本能的なプレイを聴かせてくれる。聞けば、音楽という名の“スポーツ”を楽しむために、メンバーそれぞれが自分の中にルールを定めて鍛錬を重ね、あらゆる挑戦をしたのだという。浮雲は、これまで自分の体内にはなかった“速い曲”を作り、苦手だったひずんだ音色も求められれば積極的に鳴らした。伊澤も同様、ピアニストの枠を軽やかに超えて、シンセサイザーの音と真っ向から格闘して、最後は寄り添った。

「僕はあえてこうは弾きたくない、っていうのがけっこうある性格なんですけど(笑)今回は、すべての曲に、個人的な自我をもたせる余地がなかった気がする。『あなた、ここに行きなさい』って曲に言われた感じ」(浮雲)
「歌詞もそうですね。今回、個人的には『言葉で意図しない』というルールを定めていて、ギリギリまで詞を考えずに、アレンジも構成もやって仮歌も歌っていた。楽器の自然な流れとか音の快楽を追求すれば、言葉は最後に出てくるはず。どの曲も歌詞を頭で考えたわけではない。音の中にきちんと存在していると考えていました。それを感知しなければと努めただけです。それから、バンド全体に課したもうひとつのルールは、『やったことない』とか『やりたくない』とは言わせないこと(笑)。楽器も歌も、頭や意思でコントロールせずに体を通して、そういう風に『鳴っちゃった』『声が出ちゃった』っていうところに到達したかったから。それには、あらゆる可能性を試してみることが大事かなと。「誰かと比べて良い悪い」とか、「普通はこうする」だとかはどうでもよくて、ただ自分たちのもっているものは何でも使いたかったし、今出来る限りのことは全部やるんだと思っていました。それが私にとっての“スポーツ”だったんだと思います」(椎名林檎)

肉体的であることは、何てピュアなことなのだろうと思う。
肉体はいつか朽ちる儚いものだけれど、“今、ここ”においては、たったひとつのたしかなものでもある。だから、誰かの基準ではなくて、自分の身をもって得た感動だけが、生きる道標であり、生きた証になりえる。
きっと音楽は命に似ているし、その音楽を愛でることは「生きる」ことであり、「極まる」ことにも通じている。 本作の中には、その命の片時も留まることのない息吹が宿っている。(芳麗)

01 生きる
02 電波通信
03 シーズンサヨナラ
04 勝ち戦
05 FOUL
06 雨天決行
07 能動的三分間
08 絶体絶命
09 FAIR
10 乗り気
11 スイートスポット
12 閃光少女
13 極まる

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